Kistar the other side 第25回
旧城下町をKistarレンズと歩く

写真・文=澤村 徹

Kistar 55mm F1.2と旧城下町を歩いた。といっても、江戸時代の町並みを求めたわけではない。令和2年の元旦に歩いた豆田町は、一風変わった旧城下町なのだ。

豆田町の名を知る人はどれだけいるだろう。大分県、天領日田で知られる日田駅から、徒歩15分ほどの旧城下町だ。城下町とはいうものの、天守閣があるわけではなく、江戸時代の町並みがところどころ残っている程度。小京都と呼ぶにはやや心許ないか。そんな場所をなにゆえ撮影したのか。実はこの豆田町、枯れた昭和の気配が実に濃厚なのだ。

今回の撮影はSIGMA fpをKistar 55mm F1.2と組み合わせた。マウントアダプターはSHOTEN CY-L.SLを用いている。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.4 1/8000秒 ISO100 AWB RAW 豆田町はJR日田駅から徒歩圏だ。駅前には地元産の日田杉でできたモニュメントが観光客を迎える。斜めからボケを活かして撮影した。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/6000秒 ISO100 AWB RAW 駅前の商店街を抜けて右折。電車の高架をくぐると古い建物や錆びた看板が増えてくる。逆光で看板を狙うと、ほどよくフレアが射した。

地元の人に聞いたところ、豆田町を史跡的に保存するようになったのは比較的最近なのだという。この地は大正から昭和初期にかけて、私鉄筑後軌道本線の終点、豆田駅があった。旧城下町というよりも、駅前商店街的ににぎわっていたようだ。

駅がなくなると町は寂れ、商店街も当時の姿を保ったまま時代の流れに身をまかす。このときの商店が、豆田町のあちらこちらにいまでも残っているのだ。江戸、大正、明治の建物を流用した商店に加え、昭和になってから建てられた商店も少なくない。どれもが一様に時を経て、しずかに寂れていく。時間はすべてに平等であることを、この地に立つといやが上にも痛感する。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F5.6 1/1250秒 +0.7EV ISO100 AWB RAW 城下町のなごりだろうか、クルマがかろうじて離合できる程度の細い道幅だ。道の両側には昭和の商店が並ぶ。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F2 1/6000秒 ISO100 AWB RAW 錆びた看板はいつからここにあるのだろうか。F2まで絞って錆のディテールを強調する。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/6000秒 ISO100 AWB RAW 小さなお地蔵さまを山茶花の花びらが彩る。色味の乏しい冬日の中、ほぼ唯一の色彩だった。Kistar 55mm F1.2はシングルコートのレンズだが、色褪せることなくストレートな色再現だ。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/3200秒 ISO100 AWB RAW 懐かしい看板の電気屋を見つけた。建物自体は明治31年に作られたものだという。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/3200秒 ISO100 AWB RAW 古い町家が並び、小京都を思わせる一角だ。明治十年代の町並みを、開放でノスタルジックにとらえる。

豆田町が重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのは2004年のこと。比較的最近の話だ。豆田町を撮りはじめて十数年になるが、ここ数年は古民家をリノベーションした観光客相手のお店が増えた気がする。無論、被写体として興味を惹くのは、取って付けたような城下町風の佇まいではなく、豆田駅以後の商店の残滓だ。

Kistar 55mm F1.2でそうした光景を開放撮影する。その写りは押し入れの奥から出てきたアルバムの写真のようだ。ジャストでピントを合わせても、どこか蒙昧さがある。追憶をそのまま封じ込めたような写りだ。絞るとディテールが先鋭化し、現代の光景が意識に刻み込まれる。Kistarレンズで古い町並みを撮っていると、絞りで過去と現在を行き来するような気持ちになれる。旧城下町で見つけた昭和の残滓。それを過去の記憶として再生するか、現在の姿として記録するか、それは撮影者の指先ひとつというわけだ。絞りで時制を操れるのはKistarレンズの特権である。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.4 1/320秒 ISO100 AWB RAW 土産物屋の軒先にて撮影。大胆に前ボケを配置した。F1.4まで絞ることで、心持ちボケが穏やかになる。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/8000秒 ISO100 AWB RAW 豆田町を抜けると花月川に突き当たる。両岸は道幅が広く、古い町づくりのなごりだろうか。開放の周辺光量落ちが懐かしさを演出する。

SIGMA fp + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.4 1/8000秒 ISO100 AWB RAW 菓子問屋のファザードに目が留まる。開放で撮ると遠くがうっすらとボケて、ひと昔前の光景のようだ。

 

Kistar 55mm F1.2

Kistar 55mm F1.2は、富岡光学のTominon 55mm F1.2をベースに、木下光学研究所が復刻生産した大口径標準レンズです。当時の設計者の指導の下、開発思想を受け継ぎ、開放での柔らかなボケと絞り込んだ時のシャープな描写性を再現しました。大口径ならではの透明感のあるレンズを再現するため、当時と同じピッチ研磨でレンズを磨いています。古いカメラは勿論、現代のカメラにもマッチするヤシカコンタックス風の外観を採用し、ヘリコイドはしっとりとした作動感を再現するため、当時と同じ現合ラップ仕上げを用いました。

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