写真・文=澤村 徹
Kistar 55mm F1.2は大口径標準レンズだ。この手のレンズが活躍するシーンと言えば、やはり暗がりだろう。大口径レンズは開放でもっとも大きくボケる。さらに開放は収差が多く、特徴的な描写だ。わかりやすく言うと、大口径レンズは開放こそがおいしいのだ。ただし、絞り開放は光を大量に取り込むため、日中は露出オーバーになることが多い。無論、NDフィルダーで光量を抑えることはできるが、フィルターの着脱は少々面倒だ。そうしたことを踏まえると、日が傾いた時間帯こそが大口径標準レンズの出番というわけだ。そこで旅先にて、夕方から夜にかけての時間帯をKistar 55mm F1.2で撮り歩いてみた。
標準レンズは見た目通りに撮れるレンズと言われている。人の目の画角が標準レンズのそれとほぼイコールだからだ。日中、Kistar 55mm F1.2を開放近辺で使うと、見た目通りなのに見た目とちがう、というギャップがおもしろい。開放F1.2という大口径なので、前後が大きくボケて、肉眼で見たとき以上に印象的な写りになる。日が傾いた時間帯なら開放F1.2でも露出オーバーにならないので、このレンズのおいしい描写をたっぷりと満喫できるだろう。後半は完全に日が沈んでからのカットをご覧あれ。
夜スナップは、詰まるところ街の明かりを撮る行為だ。強い光もあれば弱い光もあり、露光状態はシーンによって大きく変化する。開放値の暗いレンズでは極端にISO感度が上がることがあり、シャッタースピード低下による手ブレも心配だ。その点、大口径タイプのKistar 55mm F1.2は暗いシーンでもシャッタースピードを稼ぎやすい。スペックのわりに小振りなので、大口径を手軽に持ち出せる点も本レンズのアドバンテージだ。
勘のいい人はお気づきだろうが、今回の撮影地は「第16回 ホイアンの夜をKistarで綴る」と同じベトナムのホイアンである。5月にホイアンを訪れた際はKistar 35mm F1.4で撮り、今回12月はKistar 55mm F1.2で撮り歩いた。双方の写真を見比べ、画角のちがい、被写体の捉え方のちがいを感じてほしい。ともに大口径タイプのレンズだが、Kistar 35mm F1.4はその場の雰囲気を、Kistar 55mm F1.2は被写体の佇まいを積極的に切り取っているのがわかるだろう。単なる画角のちがいを超え、写真との向き合い方が変わる。それが交換レンズの楽しさだ。
Kistar 55mm F1.2
Kistar 55mm F1.2は、富岡光学のTominon 55mm F1.2をベースに、木下光学研究所が復刻生産した大口径標準レンズです。当時の設計者の指導の下、開発思想を受け継ぎ、開放での柔らかなボケと絞り込んだ時のシャープな描写性を再現しました。大口径ならではの透明感のあるレンズを再現するため、当時と同じピッチ研磨でレンズを磨いています。古いカメラは勿論、現代のカメラにもマッチするヤシカコンタックス風の外観を採用し、ヘリコイドはしっとりとした作動感を再現するため、当時と同じ現合ラップ仕上げを用いました。