写真・文=澤村 徹
レンズが被写体を選ぶ……。そう感じたことはないだろうか。レンズはあくまでも撮影のためのツールだから、そのレンズで何をどう撮ろうが撮影者の自由だ。ただ、レンズの特性を知れば知るほど使い所が見えてくる。特にKISTARレンズのように個性的な描写のレンズであればなおさらだ。
そこで今回はKISTARレンズで商店街を撮ってみた。昭和の時代からあるこじんまりとした商店街。といってもシャッター通りではなく、ちゃんと地域の生活の拠点になっている。そんな商店街を撮り流した。
KISTAR 85mm F1.4で商店街をスナップした。本レンズは最短撮影距離が0.8メートルなので、もっと寄りたいときはマクロアダプターを併用するといいだろう。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/640秒 ISO100 AWB RAW 駅前からちょっと歩いたところに、50メートルほどアーケードが続く。日中はシャッターの下りた店が多かったが、夕方以降はきっと明かりが灯るのだろう。前ボケと化したアーケードに年季を感じる。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/100秒 ISO100 AWB RAW 喫茶店のオレンジ色の看板が目を引く。開放F1.4の中望遠なのでボケ量は大きいが、あまり暴れないのがこのレンズのいいところだ。
所用でこの町を何度も訪れる機会があり、そのたびに色々なレンズで撮り歩いた。別段フォトジェニックな町ではなく、ただ昔からの細い路地が続く。ひと言でいえば地味な町だ。昭和の遺構というほど大袈裟なものではなく、かといってリノベーションした古民家カフェや雑貨屋が軒を連ねるわけでもない。だからこそ、KISTARレンズの出番だと思ったのだ。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/30秒 -1.3EV ISO400 AWB RAW 建物と建物の隙間をのぞいたら、上階に続く梯子が見えた。こういう場面は中望遠の強みを感じる。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/400秒 ISO100 AWB RAW 左下の自転車のカゴにピントを合わせた。開放から周辺部でもしっかりと結像する。KISTARの開放描写は甘めなのだが、こういう部分で基本設計の良さが光る。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/1250秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW 商店街の裏手にまわると、バラックのような背面が剥き出しになっていた。開放で滲みを与えると、今に至る時間までもが写っているように思える。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F2.8 1/1250秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW CDさえ廃れようという昨今、レコード屋の看板に青春がフラッシュバックする。2段絞っただけで建物のエッジが先鋭化する。
KISTARレンズは焦点距離ごとに描写特徴が異なるものの、総じて開放で柔らかく、絞るとシャープな写りだ。オールドレンズが似たような傾向を備えているが、そこには決定的な違いがある。KISTARレンズは上品なのだ。たしかに開放は滲みをともなうが、周辺部分でもピントが合う。コントラストもいい。絞り込むとシャープなのは無論、緻密さを保ってけっして大味にはならない。こういう素性の良い写りが小さな商店街のリアリティーをていねいに汲み取ってくれるのだ。見たままを捉えるということではない。積層した時間の上でいまなお営まれる生活……。その時間軸をも含めて絶妙に切り取ってくれる気がするのだ。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F2 1/2500秒 ISO100 AWB RAW 目抜き通りを曲がり、小さな商店街を進む。ふりかえると、無印良品の大きな垂れ幕が目に飛び込んできた。前ボケを活かして遠近感を強調してみた。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/1250秒 ISO100 AWB RAW 可動式の日よけにピントを合わせる。折り畳まれた状態でいったいどれだけの年月が過ぎたのだろう。錆びた鉄パイプがどこか象徴的だ。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/5000秒 ISO100 AWB RAW 美容院の前にレトロな自転車がディスプレイされていた。かろうじてレンズの最短で捉えることができたが、もっと寄りたいならマクロアダプターの出番だ。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/3200秒 ISO100 AWB RAW 窓際の花に午前中の日射しが当たる。被写体にまざなしを送るような撮り方は中望遠のアドバンテージだと思う。
こういう街中のスナップは広角がハンドリングしやすいが、今回はあえてKISTAR 85mm F1.4を持ち出した。KISTARレンズの中ではもっともクセが少なく、開放でも被写体がデフォルメされない。それでも開放はほのかに滲み、忠実描写とは一線を画した仕上がりになる。ノスタルジックではなく、生々しい現実でもなく、小さな商店街が紡いだ時間と活気にそっと寄り添うような写りだ。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/320秒 ISO100 AWB RAW ガラス越しの洋服にピントを合わせていたら、いい具合にゴーストが走った。これだからKISTARレンズはやめられない。
α7 IV + KISTAR 85mm F1.4 絞り優先AE F1.4 1/1250秒 ISO100 AWB RAW 商店街から脇道をのぞいたら、サルスベリの花が道に覆い被さるように咲いていた。夏の生命力を感じた。
絶景ばかりが被写体ではない。普通の場所、普通の時間にこそ、何か大切なものが潜んでいるような気がする。KISTARレンズで身近な光景を撮ったとき、そんなことを思った。
Kistar 85mm F1.4
Kistar 85mm F1.4は、木下光学研究所オリジナル設計による大口径中望遠レンズです。トラディッショナルなダブルガウス型を採用し、ナチュラルテイストのポートレート撮影を実現します。絞り込んでも繊細なタッチを宿し、過度に硬くならず、あくまでも自然な解像感を重視しました。オールドレンズテイストを宿しつつ、高描写を目指した大口径中望遠レンズです。