Kistar the other side
第18回 大口径標準レンズで夕刻を歩く

写真・文=澤村 徹

Kistar 55mm F1.2は大口径標準レンズだ。この手のレンズが活躍するシーンと言えば、やはり暗がりだろう。大口径レンズは開放でもっとも大きくボケる。さらに開放は収差が多く、特徴的な描写だ。わかりやすく言うと、大口径レンズは開放こそがおいしいのだ。ただし、絞り開放は光を大量に取り込むため、日中は露出オーバーになることが多い。無論、NDフィルダーで光量を抑えることはできるが、フィルターの着脱は少々面倒だ。そうしたことを踏まえると、日が傾いた時間帯こそが大口径標準レンズの出番というわけだ。そこで旅先にて、夕方から夜にかけての時間帯をKistar 55mm F1.2で撮り歩いてみた。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F2.8 1/2000秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW 傾いた陽が黄色い壁をよりアンバーに染め上げる。F2.8でも遠景の解像力は申し分ない。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/2000秒 ISO100 AWB RAW タバコの入った木箱に開放でピントを合わせる。背景は形を保ちつつも、どこか崩れるような描き方でおもしろい。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/8000秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW 斜光を浴びるランタンが、背景からスッと浮かび上がる。大口径レンズならこういう写真が余裕で撮れる。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/80秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW テーラーの店先からスーツのマネキンを狙う。やわらかい前ボケが印象的だ。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/6400秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW ベトナム笠の婦人にピントを合わせた。遠くの背景がほころぶようにボケる。中間距離でのこうしたボケは大口径標準レンズの特権だ。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.4 1/500秒 ISO100 AWB RAW 日が沈み、刻々と辺りが暗くなる。小舟の動きを計算に入れ、被写界深度を稼ぐためにF1.4まで絞った。

標準レンズは見た目通りに撮れるレンズと言われている。人の目の画角が標準レンズのそれとほぼイコールだからだ。日中、Kistar 55mm F1.2を開放近辺で使うと、見た目通りなのに見た目とちがう、というギャップがおもしろい。開放F1.2という大口径なので、前後が大きくボケて、肉眼で見たとき以上に印象的な写りになる。日が傾いた時間帯なら開放F1.2でも露出オーバーにならないので、このレンズのおいしい描写をたっぷりと満喫できるだろう。後半は完全に日が沈んでからのカットをご覧あれ。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/30秒 -0.7EV ISO4000 AWB RAW 川に浮かぶ遊覧船に、背後にある店舗の明かりが反射する。そのわずかな光を頼りに開放で撮影した。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.4 1/30秒 ISO200 AWB RAW 壁に並ぶランタンの灯が、ワンピースのドレープ感をうまく描いていた。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.4 1/30秒 ISO400 AWB RAW 店先は思いの外光量があり、夜スナップとは言えあまり感度を上げずに撮影できる。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/30秒 +0.7EV ISO640 AWB RAW 無数のランタンが吊され、ストリート全体が明るい光に満ちていた。立ち止まったカップルに開放でピントを合わせた。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/125秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW アクセサリーを並べた台に子供が近づいてきた。その瞬間を開放で捉える。前後は大きくボケて、子供とアクセサリーの台だけが切り立つ。

α7III + Kistar 55mm F1.2 絞り優先AE F1.2 1/30秒 ISO1250 AWB RAW 標準レンズなので、玉ボケはそれほど大きくない。しかし、それが川面に反射することで、光のダンスを演出できた。

夜スナップは、詰まるところ街の明かりを撮る行為だ。強い光もあれば弱い光もあり、露光状態はシーンによって大きく変化する。開放値の暗いレンズでは極端にISO感度が上がることがあり、シャッタースピード低下による手ブレも心配だ。その点、大口径タイプのKistar 55mm F1.2は暗いシーンでもシャッタースピードを稼ぎやすい。スペックのわりに小振りなので、大口径を手軽に持ち出せる点も本レンズのアドバンテージだ。

勘のいい人はお気づきだろうが、今回の撮影地は「第16回 ホイアンの夜をKistarで綴る」と同じベトナムのホイアンである。5月にホイアンを訪れた際はKistar 35mm F1.4で撮り、今回12月はKistar 55mm F1.2で撮り歩いた。双方の写真を見比べ、画角のちがい、被写体の捉え方のちがいを感じてほしい。ともに大口径タイプのレンズだが、Kistar 35mm F1.4はその場の雰囲気を、Kistar 55mm F1.2は被写体の佇まいを積極的に切り取っているのがわかるだろう。単なる画角のちがいを超え、写真との向き合い方が変わる。それが交換レンズの楽しさだ。

 

Kistar 55mm F1.2

Kistar 55mm F1.2は、富岡光学のTominon 55mm F1.2をベースに、木下光学研究所が復刻生産した大口径標準レンズです。当時の設計者の指導の下、開発思想を受け継ぎ、開放での柔らかなボケと絞り込んだ時のシャープな描写性を再現しました。大口径ならではの透明感のあるレンズを再現するため、当時と同じピッチ研磨でレンズを磨いています。古いカメラは勿論、現代のカメラにもマッチするヤシカコンタックス風の外観を採用し、ヘリコイドはしっとりとした作動感を再現するため、当時と同じ現合ラップ仕上げを用いました。

 

関連記事