写真・文=澤村 徹
予断の許されない状況がつづいている。撮りたくても撮りに行けない。最後に撮影旅行に行ったのはいつだったか。あの頃のように国内外の風光明媚な光景を思う存分撮りたい。でも、実際にはご近所を軽くスナップする程度……。こういう状況こそ、KISTARレンズが威力を発揮する。
撮影とは詰まるところ、非日常の渇望だ。普段とちがう光景、いつものと異なるシチュエーション、それらを求めてシャッターを切る。極端な言い方をすると、遠くに出かけなくても、大自然のなかに出向かなくても、目の前の光景が非日常的に写るならば、それで満たされる部分が少なからずあるはずだ。日常を非日常に写す。それこそKISTARレンズの十八番ではないか。
KISTARレンズは昭和テイストな写りを現代の技術で再構築している。現行レンズは見た目通りに写ることを目的にしているが、KISTARレンズはあえて柔らかい開放描写を目指す。開放の大きなボケも相まって、我々の視界とKISTARレンズが写した像は大きなギャップがある。そう、KISTARレンズの開放は日常を非日常に変える力を宿しているのだ。ごく日常的な光景が、肉眼で捉える姿と異なる状態で写る。KISTARレンズならわざわざ遠くに撮りに行く必要はない。近所をスナップするだけで、家のなかを撮るだけで、見慣れた光景を非日常へと昇華する。非日常を撮りたいという写欲を満たしてくれるのだ。
今回はKISTAR 55mm F1.2で身近なシーンを撮影してみた。池の蓮、お稲荷さん、お寺の瓦など、我々が普段見慣れたディテールばかりだ。開放F1.2が生む大きなボケとノスタルジックな写りが、それらを非日常的なフォルムで捉える。その変容する様がおもしろくてたまらない。KISTARレンズは撮影の本質を改めて教えてくれるだろう。
Kistar 55mm F1.2
Kistar 55mm F1.2は、富岡光学のTominon 55mm F1.2をベースに、木下光学研究所が復刻生産した大口径標準レンズです。当時の設計者の指導の下、開発思想を受け継ぎ、開放での柔らかなボケと絞り込んだ時のシャープな描写性を再現しました。大口径ならではの透明感のあるレンズを再現するため、当時と同じピッチ研磨でレンズを磨いています。古いカメラは勿論、現代のカメラにもマッチするヤシカコンタックス風の外観を採用し、ヘリコイドはしっとりとした作動感を再現するため、当時と同じ現合ラップ仕上げを用いました。