写真・文=澤村 徹
すっかり出遅れてしまった。四月に個展があったため、三月の中旬あたりから準備に追われる。そのせいで桜の季節をすっかり逃してしまった。今年は東京の開花が例年になく遅かったせいも一因だろう。
しかし、いい巡り合わせが訪れた。GW直前に急遽函館に撮りに行くことになった。調べると、函館の桜はまさに見頃。普段、メジャーな観光地はあまり訪れないのだが、満開ど真ん中となれば話は別だ。五稜郭を筆頭にいくつかの桜の名所を撮ってまわることにした。
レンズはKISTAR 55mm F1.2を選んだ。満開の桜をふわっとやわらかく撮りたい。KISTARの中で滲むレンズというと、55mm F1.2と40mm F2.4が候補になる。今回はボケも稼ぎたいので、55mm F1.2を選んだ。桜の撮影は淡いピンク一色になりがちなので、前後のボケで奥行き感を出したい。実際、撮影はほぼ開放で行い、潤沢な滲みとボケを満喫した。
函館の桜というと、五稜郭タワーから五稜郭を見下ろした構図が有名だ。しかし、やわらかく桜を捉えたいなら桜の木に近づいたほうがいい。今回はタワーに上がらず、堀の内側の土手を中心に撮り歩いた。土手の上にソメイヨシノがズラリと並んでいるのだが、土手と堀の間にある一段下がった場所にも桜が咲き乱れる。つまり、自分の目線の高さに桜があり、そこから見下ろした位置にも桜がある。右も左も上も下も、どこもかしこも桜だらけなのだ。この桜に包まれる感じ、さすがは日本を代表する桜の名所だ。
函館在住の知り合いに、水元公園(元町配水場)がいいと教えてもらう。五稜郭は観光客でごった返していたが、水元公園は地元の人たちがゆっくりと桜を楽しむ雰囲気だ。立派な桜の木があるのだが、本数自体はさほど多くない。なんで知り合いはここを薦めたのか? それは公園内に入ってすぐ理解できた。函館山ロープウェイがこの公園の真上を通過するのだ。桜とロープウェイのコラボ。これはめずらしい組み合わせだ。
どういう構図で桜とロープウェイを撮るか。いろいろと考えながらロープウェイを待つ。通常時の運転間隔は15分。上りと下りは近いタイミングで行き来するとは言え、撮り直しは厳しい。でも、折角の満開の桜だ。あんな構図やこんな構図、いろいろと撮りたい。結局何度もロープウェイを待ち、小一時間ほどこの公園で撮っていた。
期せずして今回の函館撮影は、桜がジャスト満開だった。いままさに十分咲きだった。けっこう強い風が吹いていたのだが、意外なことに少しも花びらが散らない。ビュービュー風が吹いてもがっちり枝に食らいついている。「桜=儚い」という印象があるが、咲き立て満開の桜は力強い。ビクともしない。そんな“強い桜”をKISTARレンズでやさしく捉えることに、微細な罪悪感をおぼえたのはここだけの秘密だ。
KISTAR 55mm F1.2
KISTAR 55mm F1.2は、富岡光学のTominon 55mm F1.2をベースに、木下光学研究所が復刻生産した大口径標準レンズです。当時の設計者の指導のもと、開発思想を受け継ぎ、開放での柔らかなボケと絞り込んだときのシャープな描写性を再現しました。大口径ならではの透明感のあるレンズを再現するため、当時と同じピッチ研磨でレンズを磨いています。古いカメラは勿論、現代のカメラにもマッチするヤシカコンタックス風の外観を採用し、ヘリコイドはしっとりとした作動感を再現するため、当時と同じ現合ラップ仕上げを用いました。