
写真・文=澤村 徹
滲み玉は、ここ一番、で使うことが多い。常用レンズというよりも、ポートレートや花など、柔らかく撮りたいときに持ち出す。そんな使い方をする人が多いのではないか。では、滲み玉をあえて終日使い続けたらどんな写真が撮れるだろう。
そこで今回は、KISTAR 28mm F3.2 MとKISTAR 40mm F2.4 Mの2本で、秋の函館へ撮影旅行に出ることにした。寝ても覚めても、雨が降っても槍が降っても、滲み玉尽しの撮影旅である。
カメラはLeica M11とLeica M EV1を用意した。どちらのレンズも距離計連動可能なKLMマウントだ。Leica M11のようなレンジファインダー機なら、テンポよくスナップが楽しめる。そもそも両レンズはジャスピンからわずかに外れたところで滲みがいっそう強調される。レンジファインダー機でざっくり撮ればより滲みを満喫できるだろう。
一方、Leica M EV1は見た目こそレンジファインダー機風だが、構造的にはライブビューカメラだ。要はミラーレスと同じフィーリングでの撮影となる。ライブビューで画角はもちろん、滲みやボケの様子も隅々まで確認でき、写りを思いどおりにコントロールできる。そんなタイプの異なるカメラを携え、KISTAR 28mm F3.2 MとKISTAR 40mm F2.4 Mで旅してみた。

まずはKISTAR 28mm F3.2 Mから見ていこう。撮影旅における28mmレンズは、目の前の光景を素のままとらえる役割を担う。KISTAR 28mm F3.2 Mの場合、F3.2と開放からそれなりに被写界深度があるので、遠景がメインならピントリングを無限遠にセットしたまま気になる光景を切り取っていけばいい。それだけで、対象をやわらかくとらえてくれる。いっそ外付けファインダーで撮ってもいい、そんな気分になる。
KISTAR 28mm F3.2 Mはソフトフォーカスのように派手に滲むのではなく、極限まで薄くしたヴェールをまとったような写りだ。色彩を表現する言葉に記憶色というものがあるが、旅先で撮ったKISTAR 28mm F3.2 Mの写真は、さながら記憶光と言ったところか。うっすらと光の拡散する様子が、撮った光景をすぐさま思い出に変える、そんな気がするのだ。






一方、KISTAR 40mm F2.4 Mはボケを活かした表現が可能だ。しかもボケと滲みを一画面に収めることができる。KISTAR 28mm F3.2 Mとは対照的な写りだ。滲み玉2本の撮影旅とはいえ、ちゃんと使い分けながら旅を記録できる。
ひとつ懸念をあげるとすれば、ファインダーの見え方だろうか。レンジファインダー機にKISTAR 40mm F2.4 Mを付けた場合、ブライトフレームは50mmが表示される。つまり、実際の撮影ではフレーム枠よりもひとまわり広いエリアが写るのだ。ライブビューに慣れていると、このちょっとした撮影領域の差が気になるかもしれない。ただ、これはすぐに慣れてしまう。人の感覚はよくできたもので、「50mmの枠よりちょっと広く写る」と意識するだけでいい。40mmは気を抜くと画面が散漫になりがちだが、ほんの少し気をつかうだけで構図が引き締まる。






今回はどちらのレンズも開放オンリーで撮影した。その結果、旅の記録がすべて滲むわけだが、どうだろう、こういう旅写真もいいものではないか。昨今はデジタルカメラもスマートフォンも写りすぎるほどよく写る。それらと一線を画した旅の記録として、KISTAR 28mm F3.2 MとKISTAR 40mm F2.4 Mの描写は感じ入るものがあった。大袈裟かもしれないが、撮ったシーンがすぐさま思い出になる、とでも言えばいいのか……。滲み玉しばりの撮影旅、一度試してみてほしい。




